このページは私の「撮影テクニック」についてのスタンスを整理しています。
世の中には「撮影テクニック」がたくさんありすぎて、私自身も迷子になったことがあります。その時はいつもこのスタンスに立ち戻っています。参考になる部分があれば幸いです。
結論
- 撮影テクニックは所詮「手段」である。何をどんな風に撮りたいのかを忘れずに
- 撮影テクニックは表現の幅を広げてくれる存在である。積極的に取り入れて冷静に写真を見返そう
- テクニックが自分のものになるのは時間がかかる。撮影枚数をこなしながら判断しよう
- テクニックは使わない、と決めることも大事。自分の写真にこだわりを持って
撮影テクニックは所詮手段である
テクニックに振りまわされる不幸
写真テクニックは検索すると無数に出てきます。「おすすめの構図3選」「ホワイトバランスはこう撮れ」「シャッター速度の極意」エトセトラエトセトラ…。
私も写真はうまくなりたい一心で色んなテクニックを読み漁りました。でも読めば読むほどよくわからなくなってくるんですよね。色んな撮り方があるけど、結局どうしたらいんだろう?
文字通り私は迷子でした。
でもある時気づいたんですよね。「あ、写真テクニックは結局手段なんだ!」と。
自分の撮りたいと思っている写真を大事にする
もともと私は写真テクニックを取得したくて、テクニック系の記事を読み漁っていたわけじゃなかったんです。
もともとは写真がうまくなりたくて、テクニックに手を伸ばしていたんです。
特に私の場合は「子どもが楽しそうにしている写真」です。
だからもっとテクニックに対して、取捨選択をしなくてはいけなかったんです。
もっと自分の撮りたい写真を撮れるようになるにはどういうテクニックが必要なんだろう?っていう客観的な視点が大事でした。
子どもが生き生き写るには、このテクニックちょっとやってみるか、ぐらいのスタンスが最初はちょうどいいかも
「どんな写真が撮りたいのか」を意識して、テクニックを絶対視しない
写真を判断する目が「テクニック」にならないようにする
怖いなと思うのが、テクニック重視になると、写真の良し悪しを判断する軸が「テクニックの有無」になってしまうところです。
いいな、と感覚で感じていたはずの写真を「やっぱりこの構図だからいいよね…」とかなってくると危険信号!
結果としてのテクニックはあっても、「このテクニックを使っているからいい写真である」なんてことはないはずです。テクニックは写真の良さを保証するものではないのですから。
「子どもがかわいい写真」という写真に共通するテクニックなんてものはないはずです!
撮影テクニックは表現の幅を広げてくれる外部刺激の1つである
とはいえ、写真テクニックは勉強してみると面白いこともあります。ネガティブではない要素もちゃんと認識して取捨選択してみようと思っています。
自分の中だけ見ても煮詰まるだけ
自分の写真がワンパターンになっているときは、自分のなかだけでなんとかしようとしてもダメです。煮詰まったときに一歩上へいくとき、こういう時こそ外からの刺激が必要です。
外からの刺激というのは色んなものがあると思います。
映画を見るでもいいし、写真集を見るでもいい。そのなかの一つとして「テクニック」があるんだと思います。
こういう撮り方があるのね!というのは自分の表現幅を広げてくれるよね
真似することは成長につながる
「学ぶ」は「真似る」から来ているといいますが、その通りだと思います。
写真も「真似る」から入っていいのだと思います。
ただ重要なのはたぶん真似るのは「テクニック」じゃなくて「写真」なんですよね。
「こんな写真撮ってみたい!」というのというのは自分の表現の幅を広げてくれて、それに合わせてテクニックが上達するのだと思います。想いとか思考が広がって、それに応じて技術がストレッチしていくイメージ。
でも「このテクニック使ってみたい!」だとテクニックに縛られて、自分の表現が逆に硬直しちゃう。このテクニックを使った写真だからこそいいはずだ、となると、もう自分の想いとかは写真にのっからなくなっちゃう。これは悲しいです。
真似するのは「写真表現」であってテクニックじゃない!
テクニックの使いこなしには時間がかかる
意識しすぎればテクニックに引っ張られる
テクニックは手段だと思っていても、テクニックに引っ張られることも多いです。テクニックに引っ張られるというのは、テクニックを実践することに精一杯になってしまって、自分の撮影のリズムが崩れてしまったり、撮ろうと思っていた写真ができてこなかったりします。
もちろん慣れないことをしているのだから、最初は戸惑ったり時間がかかるのは仕方がないことです。
でも写真を撮るときに、全部が全部そういう形でテクニックのことしか考えていないのは微妙です。
新しいテクニックは「やってやるぞ!」と意気込むよりは、普段の撮影にちょっとずつちょっとずつ実践していくほうがいいのだと思います。
複数取るときの後半でテクニックを思い出す
スナップ写真はシャッターチャンスが重要です。
シャッターチャンスが来た!と思った瞬間にシャッターを切れるようにすることが大事だと思っています。
だから新しいテクニックはできるだけ後半で試してみます。できるだけ複数枚撮るようにしているので、まずは最初に撮ってから、あとで思い出したように「ちょっと広角にしてみよう」とか「少し露出を下げてみるか」とか試行錯誤をしてみます。
あとで見返してみるとやっぱりシャッターチャンスとしては一番最初のが一番いいことが多いです。でも「あ、この雰囲気やっぱりよかったな」とか「ここまで引いて撮ると意外といいかも」とか思ったりします。
そうなってから「じゃあ最初から少しこうしてみるか」みたいな感じで微修正しながら、自分の撮影スタイルにテクニックをなじませていくようにしています。
撮影後半で撮って、見返して良さそうなら前半に持ってくる
テクニックが血肉になるまで
技術習得には4段階あるそうです。
第一段階「知らない」→第二段階「知っている」→第三段階「意識すればできる」→第四段階「意識しなくてもできる」
重要なのは無意識に使えるようになるまでは時間がかかるということです。ということは、「いいかも」と思ったテクニックはしばらくの間意識し続けないと使いこなせないということです。
なので、あまり複数のテクニックを一度に取り入れるのは危険だと思います。
ひとつずつじっくり取り入れながら、自分との相性を見ていったほうがいいと思います
テクニックはちょっとずつ習得していく。その間に相性(自分の撮りたい写真にマッチしているか)を考える
このテクニックを使わないと決めることの大事さ
テクニックは「使わない」と決めることも大事です。
これを決めることはちょっと勇気がいりますが、私は自分の写真表現に対してこだわりを持つことにつながると思っています。
私はテクニックを切り捨てる基準を一つ明確に持っています。
それは「シャッターが切りにくくなったら」です。
写真を撮りたくてテクニックを活用しようとしているのに、シャッターが切りにくくなったら本末転倒です。なので、そういうテクニックは使わないようにしています。
シャッターを切りにくくさせるテクニックは本末転倒
テクニックとの相性はひとそれぞれだと思うので、人それぞれで考えていけばいいのだと想います。
ちなみに私の「使わないテクニック」としては「構図」があります。
構図を考えると私はシャッターが切りにくくなってしまうので、撮影のときはできるだけ構図を意識しないようにしています。
たくさん枚数を撮ってあとで考えるようにしています。
まとめ
いかがだってでしょうか。
結論
- 撮影テクニックは所詮「手段」である。何をどんな風に撮りたいのかを忘れずに
- 撮影テクニックは表現の幅を広げてくれる存在である。積極的に取り入れてもいいけど、自分の写真表現に合ってるのか冷静に写真を見返そう
- テクニックが自分のものになるのは時間がかかる。撮影枚数をこなしながら判断しよう
- テクニックは使わない、と決めることも大事。自分の写真にこだわりを持って
このテクニックの話を考えるときにいつも思っていることが2つあります。
それは
写真って自由だよ。
好きに撮ろう
ということと、
自分が満足する写真が撮れたら勝ち
結果論でもある!
ってこと。
結局テクニックなんてひとつの表現方法の手段しかないんだからさ。
気軽にいきましょう。
だからこのサイトのテクニック集も「ほーん」って気持ちで眺めてもらって参考にしてもらうぐらいがちょうどいいです!